神有月の出雲
10月は神無月って言われます。
神様が出雲へ行ってしまわれるから、他の場所には神様がご不在になるとのこと…
ちょっと不安?
でも、この話は俗説とのことです。
長くブログ記事を更新しない間に、古代史考察にはまっておりまして
古代のことをちょくちょく深堀りしています。
だからでしょうか、この神々が集まるとされる「出雲」 という場所を
日常で意識する人は稀でしょうが、個人的には身の回りに大きく影響している気がします。
特に、奈良の住人としては。
出雲 = 島根 ですが、
実は、奈良(桜井市出雲)にも、京都(出雲郷)にも、出雲はあります。
古代、それだけ広い地域を出雲は統治していた名残なんだと思います。
たまたまでは? と思うかもしれませんが、どうもそうではなさそうです。

数年前、仕事で島根県益田へ行ったことがあります。
観光ではなかったのですが、せめて何処かへと思い、岐路、柿本人麻呂神社さんへ寄りました。
夕方、参拝者もおらず静かな境内を満喫していたら、宮司さんのご母堂という方から声をかけられました。
「どちらから?」 とのご質問に、「奈良です」 と答えると、
「國を譲ったところから・・・」 と、そして
「人麻呂さんは朝廷でいじめられて、疲れて帰ってこられた」 とも
嫌味でおっしゃったのではないのは分かりましたが、
ほんの数年前の出来事のような話されぶりに驚いた記憶があります。
確かに大和は、出雲に国譲りをさせました。
だけど、この大和って、本当のところは日向族です。
そして、その大和も出雲の統治場所だったとしてら、統治者が日向族に変わって、
混乱したことでしょう。
今、もし人麻呂神社のご母堂さまとお話しできる機会があるとしたら
大和は大和で大変だったんですよ とお話しできたのに。

「国譲り」 は簡素な言葉ではありますが、
きっとそこには、言葉では言い尽くせない様々なことがあったはず。
1年に1度、出雲に日本の神々が集う 事で、他の地域では必ず出雲を想い出す。
そういう仕組みが俗説とはいえ、残っていることが良かったです。
また機会があれば、是非、益田へ旅してみたいと思いました。
神様が出雲へ行ってしまわれるから、他の場所には神様がご不在になるとのこと…
ちょっと不安?
でも、この話は俗説とのことです。
長くブログ記事を更新しない間に、古代史考察にはまっておりまして
古代のことをちょくちょく深堀りしています。
だからでしょうか、この神々が集まるとされる「出雲」 という場所を
日常で意識する人は稀でしょうが、個人的には身の回りに大きく影響している気がします。
特に、奈良の住人としては。
出雲 = 島根 ですが、
実は、奈良(桜井市出雲)にも、京都(出雲郷)にも、出雲はあります。
古代、それだけ広い地域を出雲は統治していた名残なんだと思います。
たまたまでは? と思うかもしれませんが、どうもそうではなさそうです。

数年前、仕事で島根県益田へ行ったことがあります。
観光ではなかったのですが、せめて何処かへと思い、岐路、柿本人麻呂神社さんへ寄りました。
夕方、参拝者もおらず静かな境内を満喫していたら、宮司さんのご母堂という方から声をかけられました。
「どちらから?」 とのご質問に、「奈良です」 と答えると、
「國を譲ったところから・・・」 と、そして
「人麻呂さんは朝廷でいじめられて、疲れて帰ってこられた」 とも
嫌味でおっしゃったのではないのは分かりましたが、
ほんの数年前の出来事のような話されぶりに驚いた記憶があります。
確かに大和は、出雲に国譲りをさせました。
だけど、この大和って、本当のところは日向族です。
そして、その大和も出雲の統治場所だったとしてら、統治者が日向族に変わって、
混乱したことでしょう。
今、もし人麻呂神社のご母堂さまとお話しできる機会があるとしたら
大和は大和で大変だったんですよ とお話しできたのに。

「国譲り」 は簡素な言葉ではありますが、
きっとそこには、言葉では言い尽くせない様々なことがあったはず。
1年に1度、出雲に日本の神々が集う 事で、他の地域では必ず出雲を想い出す。
そういう仕組みが俗説とはいえ、残っていることが良かったです。
また機会があれば、是非、益田へ旅してみたいと思いました。
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