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2022/12/02

登彌神社と等彌神社

今回のお宮さん参拝は、奈良市の 登彌神社(とみじんじゃ)さん

近くを通るのに、伺ったことがありませんでした。



今頃、申し訳ありませんでした。



登彌神社さんは、東西に本殿があって、天神地祇二十二柱を奉祀されています。

いつもお世話になっている、桜井の等彌神社(とみじんじゃ)さんと

文字は違えど同じ名称のお宮さんですね。




とみ神社奈良3





西本殿には、ナガスネヒコと共に、古代この地域を統治されていた

登美饒速日命(とみにぎはやひ)

他に、日本神話の天地開闢(かいびゃく)の時におわした 神皇産霊神

枚岡神社祭神 天児屋根命 の3柱 が祀られています。



やはり ニギハヤヒ が祀られていました。



大和を譲った出雲の神、大和の統治王ニギハヤヒ

この西本殿には、記紀に登場する、しかもメジャークラスが

取り巻くように(逃げられないように?)一緒に祀られています。





とみ神社奈良2
                                  蒼々たる神々






そして、桜井の等彌神社さん

祭神は、大日霊貴命 (おおひるめのむち) = 天照大神 とされていますが、

こちらでもニギハヤヒ とする説も存在するようです。

元々の祭神ニギハヤヒが隠されて、アマテラスに変えられたのかもしれませんね。




「とみ」 については、イワレビコ が熊野から大和入りして

ナガスネヒコと2度目の戦いの時、イワレビコを勝利に導いた、

金色の鵄(トビ) がなまって「とみ」となったと言われています。



しかし、その戦いがあったのは奈良市ではなく、高確率で桜井のはず。

桜井には、R165とR166が分岐する外山(とび) があります。

両者の戦いはきっとこの辺りだったと考えると、

金色の鵄(トビ) がやってきたのは、この辺りなのではと思うのです。



そして、その桜井 「とみ」は、

もともとニギハヤヒが祀られていた場所をアマテラスにして「等彌神社」

奈良の「とみ」は、

ニギハヤヒが統治していたが、記紀の神々で取り巻いて「登彌神社」


ちょっと話が飛びすぎたでしょうか…

























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